現在、e-nationやe-residence などで話題を呼び、Skype創業者の出身国であることでもよく知られるエストニア。
国民の総数に対するスタートアップで働く人の割合は世界でもトップクラスだ。
このエストニアが急速にスタートアップを育んできたカギこそ「コミュニティ」であるといえる。
本記事では、現在この状況に至るまでエストニアスタートアップ文化を育んだ「コミュニティ」と「エコシステム」に注目してエストニアを解説する。2分でわかるエストニアをご覧あれ。
エストニアの基礎知識
国民: 約130万人・人口密度 30人/ km²
首都: タリン
面積:45,226 km² (国土面積の50%は森林)
主要言語:エストニア語 (しかし 英語/ロシア語を 話せる人が多い)
Where?
エストニアは東欧バルト三国の一国でもある。ロシアと国境を挟んでおり、旧ソ連諸国のひとつでもある。
四季はあるが、春と秋は短く、冬が比較的長い。夏の平均気温は21,22℃ほどで、冬は−7度まで冷え込むこともあるそう。
成長の鍵となったのは「理系教育」
1991年の9月にソ連から独立。その後就任したマルトラール首相の政策によって、国家の急速なデジタル化が進められた。独立当時のエストニアには、基本的なインフラさえも殆ど無い状態であったが、彼らには最強の財産である「頭脳」が残されていた。旧ソ連のサイバネティクス研究所がタリン市内にあったこともあり、優秀な技術者がそこに集まっていたのだ。
また、ソ連の支配下にあった時代から「理系教育」が徹底されていたため国民の多くは厳しい理系教育のもと育成された。そして優秀な技術者がエストニアには残っていたのである。
この強みが現在の「電子国家」を作り上げる基礎となり、独立後 国自体をSaaS化するという決断に至らせた。
そしてこれらの強みが現在世界中で注目されるほど成果を出しているのである。
これらの歴史的背景のみならず、ソ連時代から継続して「理系教育」に力を入れる教育も続行している。
大統領の政策により全ての学校にコンピュータとインターネットを提供。そして大学の授業、特にIT関連の学部に関しては、ほとんどの大学が英語で授業を行なっているそうで、ほとんどのエストニア人は英語を話せるとのことだ。
「情報」が鍵。世界一のIT エコシステム
文頭でもお伝えしたが、エストニアはスタートアップで働く人の割合が世界で見ても比較的高く、もはや国全体がスタートアップの風土があるとも言われているのだが、なぜこの様にスタートアップ文化が国民全体に広がっているのだろうか?
その背景には、IT業界全体が発展するようなエコシステムの充実度の高さがあるといえる。
その文化醸成について、調査を進めたところ「コミュニティ」というキーワードが浮かんできた。そこで、エストニアはコミュニティをいかに活用して、現在のスタートアップ文化を創り上げているのか紹介する。
e-Estonia 概要
エストニアは、ソ連から独立後 国の政策のもと、急速に国家全体のIT化を進めた。
現在、e-nationと呼ばれているほど、行政サービスから、医療、その他諸々の手続きまで全て電子化している。
政府の電子化がとにかく「爆速」であるのだ。国家レベルのサービスを毎年リリースしている。これは恐るべき速さであり、そして国全体が最強のスタートアップなのではないのか?とも思わせる。
以下は、2000年から毎年のサービスリリースの詳細である。
エストニアスタートアップトップ5
start up ESTONIAによると、2018年の上半月の時点で550ものスタートアップの数で、昨年(2017年)の上半月の時点では約500社であったが、この1年間で約30%も増加しているそうだ。そして、ただスタートアップの数が増加しているということだけではなく、これらのスタートアップがどんどんグロースしていて、エストニアの首都 タリン に存在するスタートアップだけでも2018年7月までの6ヶ月で77人もの雇用を生み出したそうだ。
以下はエストニア発スタートアップ ベスト5である。
(https://www.startupestonia.ee/startupsより)
起業のハードルの低さと充実したコミュニティがつくる「安心感」
エストニアのスタートアップコミュニティが現在非常に盛り上がっていることはおわかりであろう。しかし、いかにしてこの環境がなりたっているのであろうか?
その答えは政府の手厚いサポートとコミュニティの密度の濃さにあった。
エストニアスタートアップコミュニティを充実させているポイントは主に3つ。
1) e-services がつくる手続きの簡易化
2)コミュニティの循環システム
3)開かれたコミュニティ
こちらひとつずつ解説をしていく。
1) e-services がつくる手続きの簡易化
起業に際しては、政府の手続きにおいて様々な手間がかかる。
登記から、銀行口座開設、税金など…様々な手続きが必要だ。
しかしそのような手続きを、全てオンライン上で済ませてしまえるのだ。
エストニア政府はe-estonia を掲げ、ほとんどの政府の手続きをオンライン上で済ませられる仕組みを設計している。
起業であっても、たったの3分で登記が完了してしまうのだ。
そして、諸々の手続き以外にも、税制度面の充実もまたひとつの重要な鍵だと言える。法人所得税率が21%と低く、配当所得に対しても二重課税がないというのもひとつの魅力である。
2)コミュニティの循環システム
エストニアはあの有名なSkypeを生んだ国である。というのは文頭でも紹介した。
このSkypeの誕生こそが、実はエストニアのスタートアップコミュニティに大きな影響を及ぼしているのだ。
Skypeが誕生し、どんどんスケールさせていく過程が数多くの若者を勇気づけ、彼らを起業へと向かわせたとの声もある。現在グロースしている有名なスタートアップであるTraansferWiseの創業者も実はSkypeの最初の社員であった。
そもそもエストニア自体人口が130万人(日本のさいたま市の人口とほぼ同じ)しかいないので、コミュニティ自体もまさにちょうどいいサイズであるのだ。そしてスタートアップが身近にあることも感じながら育って来たからこそ 年々スタートアップとして起業する若者や、そこに就職する若者が多くなるのであろう。
またSkypeは彼らに刺激と勇気を与えただけでなく、現在彼らはエンジェル投資家として新しい起業家を資金そして、ナレッジやノウハウを共有するという切り口で現在もエストニアスタートアップを牽引している。
Skypeのみならず、ほかの起業家ももちろん投資家となり、彼らのコミュニティに貢献し続ける者は多い。
このようなフローも間違いなく、エストニアのスタートアップコミュニティに大きく影響しているだろう。
3)開かれたコミュニティ
e-residenseを知っているだろうか?
e-residence とは「電子国民」という概念であり、インターネット上に戸籍があるという状態だ。このe-residenceに登録することで、外国人もオンライン上に拠点をおいてエストニアで起業をする権利を取得することができる。そして、それだけではなく、2017年の1月からエストニアは「スタートアップビザ」を開始しており、この制度によってEU非加盟国の起業家が、エストニアを拠点に欧州市場で事業をしやすくする仕組みが成り立っている。
この様にして、海外からも人が入りやすい仕組みにしているからこそ全世界の情報が入ってきやすい仕組みも作られ、情報が循環しやすくなるようなエコシステムが形成されているのだ。
このようにしてエストニアは「政府(によるインフラ整備)」「情報」「オープンマインド」の3つのキーワードをベースに、ヒト・モノ・カネ・情報のフローを強化したスタートアップエコシステムを整備しているのである。このエコシステムの整備は、政府の全面的なバックアップがあってこそのものだ。政府をも巻き込んで国家ベースで底上げをしていることで、スタートアップへの感度が高い国民性が形成される。
今後もエストニアの進化は新たな概念や仕組みを生み出し続けるであろう。
そして、これらのスタートアップエコシステムの形成を参考にしながら、日本に最適化した形で取りいれることで日本のスタートアップ・技術者が成長していくことを願う。
【参考】
https://e-estonia.com
https://www.bbc.com/news/world-europe-17220810
https://www.startupestonia.ee/en
(執筆・グラフィック:馬本 ひろこ)