今や大注目され、多くの国から強い視線を浴びる「エストニア」
そのしたたかさは、「小さな巨国」と言っても良いほどのもので、この数十年の間に作られたしくみをもとに流入するIT関連の情報量、そして情報の質はもはや世界一を誇るのではないだろうか。
たったの20年間で世界中から注目されるようなIT国家をつくりあげた国からは、アメリカの歴史ある、IT都市シリコンバレーとはまた違った視点が得られるのではないだろうか。
この「小さな巨国」を創り上げるしくみがいかにしてつくりあげられているのか?
そして、エストニアのみならず、エストニアと似た境遇にあるはずの旧ソ連諸国の現状はいかなるものなのか?
これらの疑問について、日本人で初めて電子国民権を獲得していた小森努(通称;ガブリエル)さんに、appered.in にてこれらの謎を解き明かすヒントについて聞いた。
写真は、今回インタビューした小森(通称 : ガブリエル)さん。
ーーガブリエルさんは現在エストニアでどのようなことをされているのでしょうか?
現在、主にエストニアに登記したeSparQNow、BENE ASIA CAPITALの2社の経営をしています。
eSparQNowはエストニア法人設立・視察ツアー・リサーチを提供しています。
BENE ASIA CAPITAL は、北欧・バルト三国のスタートアップにプレシード投資するVCです。
ーー簡単な経歴についても教えてください。
今までの経歴を振り返りますと……
名古屋大学工学部原子核エネルギー工学科在学中に大好きだったサッカーで何か仕事ができないかとイタリア・スペイン遊学をしたり、バックパッカーで世界を回ったりしていました。
3年留年の末、未来型原子炉をコンピューターでシミュレーション計算するというテーマで2000年3月に同学科を卒業。
就職後、複数の日系企業でテクノロジーを中心とした国際事業に関わり、医療デジタル化、オフショア開発・ITアウトソーシング、欧州・北中南米販売網開拓などに携わりました。
その後、名古屋で急成長していたスーパーアプリ社の国際事業責任者に就任し、インドネシアで0→1 で事業を⽴上げました。大前研一先生のビジネスブレースルー大学の第一期生になっていたのですが気がついたらドロップアウトしてしまいました(笑)
そして、2014年後半からエストニア及び北欧の企業と関わるようになり、2015年1月に日本人初e-residencyを取得しました。2015 年途中よりエストニアへ移住し、独⽴。
e-residencyには就労許可・長期滞在許可は付与されないため、そのタイミングで就労ビザに切り替えています。2015 年エストニアで開催されたe-residencyハッカソンでWinnerとなり、ワンクリック会社設⽴サービスeSparQNow.comを立ち上げました。現在は100社以上の設立支援をしています。
また2016年には、エストニア共和国ターヴィ・ロイヴァス首相の日本経済ミッションに同行させて頂きました。
スタートアップ投資については、2015 年よりエストニアでエンジェル投資を開始し、バルト三国・北欧各国のエンジェルーネットワークに加盟。そして、2017年北欧及びバルト三国のスタートアップにプレシード投資するBENE ASIA CAPITAL OÜ を創業しました(日系として初の北欧VC)。
創業時からグローバル展開を前提として設計されたスタートアップを対象としており、2018年12月現在9社に投資しています。
E-residencyは人・情報・金 を呼び寄せた
ーーガブリエルさんは日本人で初めてE-residency制度を利用された とのことですが、
このe-residencyのメリット・デメリットについて教えていただけますか?
デメリットは全くないですね。納税義務も何もなく、ただ申し込んでカードを受け取るだけなので 。
申し込み料が3年間か5年間で100 EURO で納税義務も発生しないので、基本的にデメリットはないです。
メリットは3点ほどあると思っています。
1点目が EU にオンラインで法人設立ができるということ。
エストニアに法人を作るということは EU 圏内に法人を作れるということですよね。
ただし、2017年以降、国際的なマネーロンダリング対策のため銀行口座の開設が最近厳しくなっててきて、そこら辺は少し気をつけなければならないという点があります。2019年1月よりエストニア商法が改定され、EU内の銀行及びFintech企業の口座でもエストニアの法律で認められるようになるので機会が増えてくると思います。
2点目は、スマートコントラクト。
エストニアで起業していたり、エストニア企業の役員になっていたりとか書類にサインをしなければならない立場の人だとこれを持っていないと、紙でサインをするかもしくは誰かに委任状を出してサインしなければならないんですよね。
E-residencyを持っていれば役員会でのサインなど、すべてオンライン上でできるようになります。
3点目は、日本人のみのメリットになるのですが、マイナンバーが今後どのようなサービスを提供していくのか?という部分を予想しやすいということですね。
マイナンバー自体もエストニア政府をモチーフにしている部分があるので、エストニアの E-residencyのサービスを使用していれば日本が将来どのようなサービスを提供してくるのかというところのヒントが出てくるのではないかなと。思っております。
ーーE-residensyはエストニア国家にどのようなメリットをもたらしたのでしょうか?
そのメリットは大きく2点考えられます。1点目は情報と金と人が流れてくるようになったこと
珍しい制度なので、特に世界中のTech情報感度の高い人がエストニアに遊びに来たりとか会社を作るようになったりして、エストニアに人が集まるようになると共に情報が増えました。
それに伴ってスタートアップビザなどもはじまり、また人が流れてくるようになりました。
そして最終的には投資も増えるようになってきたという流れがあります。
2点目は非常に大きな経済効果が現れたということ。
経済効果についてはエストニアのデロイトが算出した数字が出ておりまして、2014年の12月に開始して2017年の11月30日で14.4 Mユーロの経済効果が算出されております。これが21年末になると194Mユーロの経済効果になると予想されております。
数字としては大きくないのですが、この数字を単純に日本(日本の国民の総数)に換算したとすれば、100倍ですよね?
実際に100倍してみると2兆円なんですよね。
e-residencyに関する数字を見て見ますと、2018年12月1日時点で、167ヵ国約50000人が取得しています。
その内、日本人は約24000人で世界6位。
法人設立数は約4800社。その内、日本人が関わっている法人は177社となっています。
ーー E-residencyがエストニアにもたらす、人・情報・金のフロー。そしてそれらの流入に伴う経済効果は非常に大きな影響があったのですね。
けれども、この20年あまりで国をIT立国へと変えていった背景にはエストニア「国家」としてどのような特徴があったからなのでしょうか…?
何がエストニアをここまで急速に成長させたのか?
ーーエストニア全体で見た国民性による強みや傾向についてまずは教えてください。
エストニアは北欧の一部です。そういう点もあり、特にフィンランドと 非常にそっくりなんですよね。
日本と韓国よりも近いくらい、非常に似ております。国の交流も日韓よりもあるし、もっと密度も濃い気がします。
国全体として言えるのは北欧の人達、エストニア・フィンランド含めて非常に合理性が高いんですよね。
IT教育が徹底している、というよりも国民全体の傾向にある「合理性」が一番重要なポイントになるのではないかと思っております。
例えば私自身は結構様々な欧州の人と国をまたいで仕事をすることが多く、様々な国に行っておりますが、やはりエストニアからドイツに行った時のコミュニケーションの速度は非常に違いを感じます。
地中海に近づくにつれ、比較的、話がどんどん長くなる傾向にありますね。
エストニア だと3分で終わる話がフランスなどのヨーロッパに行くと15分かかるみたいな(笑)
そして、これらの「合理性」に加え、彼らは英語力が非常に高いです。生まれた時から自然に身の周りに英語を話す環境がある ので英語をわざわざ勉強する必要がないんですよね。だからその英語力× IT というところでタイミングもよく、近年爆発的に成長しているという現状があるのではないのかと考えております。
ーーちなみにその「合理性」の背景にはどのような要素があるのでしょうか?
「寒くて人が少ないから合理性が必要だった」という至ってシンプルな要因でしょう。
冬とか特にものすごく寒いので、合理的に効率よく行動しないと本当に辛いので(笑)
国民性は、そのようなところから生まれてきているのではないかと思います。
ーーその理論からいくと、バルト三国も同じような 環境にあると思うのですが、やはりこの3国とも非常に類似しているのですか?
(バルト三国:地図上の エストニア・ラトビア・リトアニアのこと。3カ国とも、旧ソ連独立国である。)
バルト三国は北から南に南下するほど少しずつ柔らかくなる傾向にあるとは感じます。
その違いのベースには宗教観が関わっているのではないかと。
リトアニアになると宗教はカトリック系がほとんどですし、
ラトビアになるとカトリック系とプロテスタント系が半々。
エストニアになると、プロテスタントがほとんどなんですよね。
プロテスタント系の宗教の強み、というか傾向としては自分で何事もやっていくという部分が強いですよね。 カトリックになると助けてもらうという考え方も入ってくる部分もあり、考え方や行動も少し緩やかになってくるのですが、プロテスタント自体が宗教改革という意味もその宗派の信念のひとつなので自分で何事もやって書けてしまうという傾向にありますよね。
どちらが良いのかどうかというものはありませんが
効率化・合理化という視点で見るとやはりこのプロテスタントの考え方は非常に強い傾向にありますよね。
ーー確かに。気候と宗教観って実は結構深く絡み合ってますよね。
ちなみにエストニアの国の制度自体が持つ強みというのはどのような点なのでしょうか?
国民が余計なことに時間を使わなくていい仕組みが作られているところでしょうね。
それがルールの単純化と自動化の2本セットによって出来上がっているんですよね。
結局 IT 化しても難しすぎたら使えないですし。
といってAI開発を強化して国家を作ろうとしても難しすぎて現実的ではないので。
エストニアの場合、まずはルールを単純化してから、仕分けの作業をし、その後に自動化するという仕組みが出来上がっています。
合理性が強いので、実は何でも IT化されているというわけではないんですよね。 労力(Effort)と結果(Outcome)のバランスをものすごく見ていてめったに使わないサービスは結構放置されていて使いにくいサービスも残ってはいます。スマホでアクセスするとスクロールバーが表示されないサービスなどもあります。でもそのサービスは滅多に使わないので特に困ることありませんよね。
ーーちなみに高齢者の方もほとんどIT化に対応できたりしているのでしょうか?
できている人とできていない人の二極化はありますよね。
IT化が始まった時に国を挙げて草の根教育のようなものをしたり銀行や携帯会社なども協力して IT 化を進めるための支援活動みたいなものは行なっていました。
とはいえオンラインバンクに全ての方が対応しているわけではないので毎月年金が支払われる時期になると銀行に人が殺到しているという風景は見受けられます。
ーー官民共同で、高齢者に対しても、IT化を進めているところは日本も見習えるところがたくさんありそう。
エストニアは旧ソ連時代のリソースを活用して、現在まで成長しているという情報もよく耳にします。エストニア以外の国も活用しながら今後急成長がみられそうですね。
そうですね…ソ連時代のベースに関しては、そのリソースを活用できている国とできていない国があります。
ラトビアは物流のハブだったので、物流のナレッジやリソースが蓄積されていますし、
ウクライナやベラルーシは原子力開発のナレッジが溜まっています。
独立後の流れとして、エストニアにはソ連時代に人工知能研究所がありその人材を活用するしか国を立て直す方法がなかったんです。
だからこそ、IT国家として国を立て直すことができたし、そうするしかなかった。
91年に独立したのは非常にタイミングが良かったんですよね。
国家としても当時資金力がなかったので、サーバーを買うこともできませんでした。なので彼らが持ち続けた技術をオープンソースとして使うしかなかったんです。
20年前に独立していたらここまで発展することはなかったと思います。
そして、エストニアとエストニア周辺諸国の今後の成長についてですが、エストニアのスタートアップは近年プロダクトを作っているので、エンジニアがプロダクトを作るというところに関するナレッジやノウハウは結構溜まっています。
それに対してウクライナやベラルーシはエンジニア能力は非常に高く、数学の学力もあるし英語力もある人も多い。
彼らの産業はアウトソーシングがメインだったので、アウトソースという点ではエンジニアのナレッジなども非常に蓄積されています。しかしアウトソーシングで市場が育ってしまって、そこから脱却するのに苦戦し、産業が育たず、物価も低いまま、国自体が育たなくなってしまっているという現状もありますよね。
ーーたしかに。地球全体の発展を考えた時、アウトソースをする国側にも罪はありますね…
プロダクトを自国のみで生むことができないと、もし、他国から与えられなくなったときの経済的影響はかなり大きいですしね。
「教育」ではなく「興味」を持つしくみづくりを徹底させている
ーーエストニアの子供に向けたIT教育とはどのようなものなのでしょうか?
旧ソ連の影響もあり、理系教育が徹底しているという情報をよく聞くのですが。
高度なことを教えるというよりもプログラムを使ったら何が動くのかどのようなことができるのかというところも楽しませながら子供たちに触れさせています。
このようなしくみをつくることで、子供の頃からソフトウェアに興味を持つ子を増やしていった結果、現在のエストニアの若者がITに強くなっているのではないかと思っております。
エストニアの教育システムもフィンランドをモデルにしているので、学校教育では基本的には課題で本(教科書)を読んで、自分で読解して、学校ではその課題で読んできた内容について議論をする。
という習慣づけができています。
彼らに「どうやってそのような技術を勉強したの?」と聞いても、ほとんどの人は自分でやったと答えます。
結局はTechの面白さを子供のうちから知る機会があることが根底にあり、
情報をインプットして自分でまとめる力をつけている上に英語力もある。
結局ここがエストニアの教育の一番のエッセンスなのではないでしょうか?
ーーエストニア教育は、幼少期からの「しくみづくり」が徹底しているんですね。
ちなみに幼少期からTechに触れる機会があるとおっしゃりましたが、具体的にどのような動きがみられるのでしょうか?
Skypeなどの成功した起業家らが、学校に最新の機器を寄付し始めているというのは1つの例でしょう。
具体的に例を挙げると、ビットコインのマイニングマシンとか3 D プリンタなどですね。
彼らがそれらの機器を学校に寄付して、子供が少しでもTechに興味を持つようなきっかけが作られています。
また、北欧ではSpotifyやMicrosoftなどが子供向けにITの塾のようなものを作り子供が興味を持つような仕組みを作り始めていたりもします 。
「どこを押したら一番楽にてこが動くのか」というように、
興味を持つ仕組みを作り、自立して走っていける子が育つ仕組みを作っていくというのも
やはり合理性というものが見えますよね。
ーー「合理性」
エストニアについて述べるとき、このキーワードは、欠かせないんですね。
国民性と過去の歴史、そして土地と気候の全てが絡み合って今の国家を創り上げていることがわかりました。
本日はありがとうございました。
(インタビューこぼれ話:apper.inでのインタビューの様子。
オンライン上で「はい、チーズ」と、記念写真をとりました(笑))
「エストニア」という小さな巨国の背景には旧ソ連の存在。
そして、彼らの土地・宗教観から出来上がった国民性がある。
それぞれの国にはそれぞれの特色があり、エストニアは全ての要素とタイミングを駆使して、IT大国を創り上げている。
おそらく世界でもトップレベルの「合理性」を持ち、強みにした国民からは、これからもIT大国として、スマートなアイデアや概念が現れるであろう。
何事も根本的な「しくみ」を創り上げていくという、最大の効率化こそがこれからのIT時代を作りあげていくのではないだろうか?
(取材, 文章: 馬本 ひろこ)